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【映画】『籠の中の乙女(邦題)』純粋な愛は果たして正しい成長になるのか?【子供にとっての幸せ、親にとっての幸せ】感想・レビュー

こんにちは、ぽんです

いつも訪問ありがとうございます

 

今回は、2009年のギリシャ映画『籠の中の乙女(邦題)』の感想・レビューです

これは…♪───O(≧∇≦)O────♪!久々にかなり私好みの映画をアマプラで見つけることができました

これが映画漁りの名利につきる作品です

 

最近は恋愛絵画ばかり見たので、久しぶりにスパイスが効いた作品が見たいな〜というところにドンピシャでした

 

中身としては結構ダークな感じなのですが、これが人間性だったり悪だったり純粋無垢だったりと考察のやりがいがあるものでした

ただ、見る人を選ぶ作品にはなると思いますが、考えさせられる内容になっています(エロもありグロもあり ※全部モザイクがありますがね)

『エコール』などが好きな方はハマるかもしれません

ハリウッド映画にはない展開があなたを待っています

 

▼檻に入れられた乙女の映画はこちら▼

www.udablog.com

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『籠の中の乙女(邦題)』あらすじ

ギリシャのとある裕福な家庭の父母は、3人の子供たちを家から一歩も外出させず、社会から隔絶させて育てていた。子供たちに名前すら付けず、外の世界は恐ろしいと洗脳し、更に外の世界に関わる言葉については嘘の意味を教えるなど徹底した管理の中、父親は母親を含めた家族全員に対して絶対的な地位に君臨していた。やがて長男が思春期に突入すると父親は性欲処理用に女を雇うことにする。その女として選ばれたクリスティナは長男との関係に飽き足らず、長女にまで手を出す。一方、性に目覚めた3人の子供たちは無邪気に性的な関係を結ぶようになる。

クリスティナに性的な関係を求められている長女は、その代償としてクリスティナが持っていたビデオを手に入れると、録画された内容から外の世界に興味を抱くようになる。ビデオの存在を知った父親は長女を激しく折檻し、更にクリスティナの家で、彼女をビデオデッキで叩きのめすと、呪いの言葉とともにクビにする。

両親の結婚記念日を祝った夜、長女はかねてより両親から言われていた「犬歯が生え変わったら外の世界に出られる」との言葉を信じ、嬉々として自ら犬歯を折ると、父親の車のトランクに隠れる。長女の姿が消えたことで慌てた家族だったが、諦めた父親は翌朝、長女がトランクに入ったままの車で仕事に出かける。父親の職場の駐車場に止められた車のトランクが大写しにされ続け、何も変化を見せないまま物語は終了する。 

籠の中の乙女 - Wikipedia

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『籠の中の乙女(邦題)』感想・レビュー

原題は”Κυνόδοντας”(Dogtooth

籠の中の乙女・画像・写真(4/4) - ぴあ映画

原題は”Κυνόδοντας”で、意味としては”犬の歯”というらしいです

英語では”Dogtooth”です(同じく犬の歯という意味ですね)

この犬の歯は、作中では犬歯として結構重要な役割を果たしています(作中後半で特に)

 

作中では、「犬の歯が抜けると外の世界に出られる」という約束を少女たちと両親で交わすのですが、ここ作品でいう犬歯は”純粋”とか”無垢”とか、生まれたままのそのままとか、そうした意味だと感じました

海外では犬歯はヴァンパイアティースとも言われ、抜くのがオーソドックスだったりしますね(日本では可愛らしい意味合いで見れられてますが)

つまり、大人への一歩になるのでしょう

 

この作品ではとりわけ、外界=悪という認識のもと暮らしている少年少女(?)たちなので、彼らは見た目こそ大人ですが、中身は完全に小学生と同じです

そんな彼らは犬歯があるのとないのとで、大人と子供の境を感じているわけです

 

物語をもっと見ていくと分かるのですが、犬歯のあるなしで大人とか子供とかの区別が付くわけではないのですが、その判断もできないくらいに幼いということです(幼い=無垢=無知ではないです)

 

また、この作品では”犬”が別の意味を持っています

犬はもともと野生の生き物で、飼い慣らされて今の形になったと聞いたことがあります

つまり野生という純粋無垢な存在から、飼い慣らされた人工物になった訳です

調教されて掌の上でコントロールされる存在をより強調する意味も示しているように思います

 

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果たして無垢や純粋は、限りなく求められるものなのだろうか?

両親たちの真意は完全には明かされませんが、子供たちへの愛だったと思います

自分たちが何かしら外の世界で嫌な思いをしたことから、子供たちだけは外の世界から守って、生まれたままのその姿で生き続けて欲しいという願いからの行動だったのかもしれません

 

そうでないと、大多数の生き方であれば、学校に行かせたり、もちろん外の世界に出させますよね

それを外から女性を雇ってきたり、外界を完全に遮断したり、海を椅子と教え込んだり、ゾンビを小さな花と言ったりするのが普通だとは思えませんでした(ここで”普通”の議論をするのは割愛します)

 

ただ、この愛情、果たして本当に両親たちの思った通りになるのでしょうか

父は犬の調教がスムーズにいかないのを実感していますが、築いてきたものが綻び始めたのを認識し始めているでしょう

それは子供たちが、”成長”しているからなのです

好奇心という子供ながらに備えられた生きる力が、大人たちに抑制できるものではありません

ビデオを見たがったり、電話をしたがったり、カチューシャや外のものを欲しがるのはまさにその行動です

 

しかしながら、両親の思索とは違った方向に物事が進み始めていますよね

子供たちは近親相姦ばりな行動を取り始めますし(本人たちは自覚なしですもんね、遊びの延長戦ですよね)、ハンマーで無理やり犬歯を抜いたりしますし、壁に話しかけたりと、無垢なばかりに奇行に似た行動に出ています

 

これが両親たちが望んだ家族のあり方なのでしょうか

両親たちも歳をとり、いずれ子供たちを別れなければいけない日が来ます

それは愛情ゆえに自立をさせないう選択肢かもしれませんが、彼女たちにとっては最高の判断だったのでしょうか?

 

▼似たような雰囲気を感じた映画作品はこちら▼

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▼歪んだ愛情のもうひとつの形はこちら▼

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ラストシーン、車のあのシーンを考察

籠の中の乙女(ネタバレ) | 三角絞めでもてなして

意味深なラストシーンで幕を下ろした映画ですが、この終わり方は結構好きです(笑)

『あとは視聴者に委ねます』という投げ方は大好物です

 

このシーンでは、

  1. 長女はトランクから出た
  2. 長女はトランクから出なかった

この二つの落ちで意見が分かれると思います

 

個人的には、2.長女はトランクから出なかった、が私の意見です

あくまでも長女は”外に出ること”が目的であり、別に逃げ出したい訳でもないと考えます

確かに外への興味はありますが、長女が外に出たとて、何が見たいとか何がしたいとかはないでしょう

助けを求めたいわけでも保護されたいでもないのが、長女の意見だと思います

 

だって、それくらいの意見しかないのですから

意見=知っている知識の一部だと思うのです

長女は何か物事を判断するにはあまりにも幼すぎて、無知すぎるのです

警察や第三者に見つかっても、連れ戻される落ちです

もっと外の世界を堪能したいのであれば、賢く計画を立てるのでしょうが、ここは長女の幼さが出ていますよね

まるで小学生や幼稚園児ないし保育園児の行動のそれです

後先をあまり考えずに衝動的に行動する点が類似していると思います

 

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最後に

籠の中の乙女 : 作品情報 - 映画.com

以上、『籠の中の乙女(邦題)』の感想・レビューでした

猟奇的な無知や純粋無垢を体験してみませんか?

(この記事を書きながら、吉沢亮さんをみていたので、日本語が支離滅裂になりました)

 

最後までお付き合いいただき、ありがとうございます

お楽しみいただけましたら幸いでございます

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