こんにちは、ぽんです
いつも訪問ありがとうございます
今回は、ちょっとびびっときた作品を直感で見てみました!
なんだか、妙に気になってしまったんですよね
以前、『ガール・オン・ザ・トレイン(邦題)』という何かと複雑な作品を見たことがあり、タイトルも似ていたので、妙な感覚を覚えました
見てみて、「おぉー」となるいい感じの隠れ名作でしたね
グロもありますが、気になった方はどうぞ!
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『ガール・イン・ザ・ミラー(邦題)』あらすじ
両親には「出来損ない」だと言われ、学校ではイジメられ、マリアは孤独だった。本当は誰もが羨む美少女なのに、彼女は自分が大嫌いで笑うことさえできなかった。不安定な心は、マリアを性的な衝動へと導き、彼女は夜ごと自慰行為にふける。その夜、いつものようにバスルームで自分を慰めていると、突然彼女に話しかけてくる声が聞こえる。驚き、また恐れおののく彼女に「私たちはきれいよ」と声は優しく告げる。それは紛れもなく自分自身の声、そして鏡の中では、あろうことか自分自身が美しい微笑みをうかげていた。「あなたの望みを叶えたいの」鏡の中の自分にそう言われた瞬間から、マリアの中の何かが変わり始める。まるでもう一人の自分に操られてゆくかのように、彼女の凄惨な復讐劇が幕を開ける。
Amazon Prime Videoより引用
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『ガール・イン・ザ・ミラー(邦題)』感想・レビュー
原題は『Look Away』意味するものとは?
物語のラストにも関わる大きなタイトルの意味なのですが、“look away”は、「物事から目を反らす」とか「見て見ぬふりをする」とかそういった意味があります
個人的な感想ですが、物語の登場人物は、全員何かから目をそらしているのです
受け入れたくない現実ってことですよね
主人公は、いじめられていることや、ちょっと気になる男子のこと、良いように使われている親友紛いの女子のこと
お母さんは、物語の核心にもなりますが、過去の記憶や父との冷えきった関係、そしてうまくいかない娘のこと
お父さんは、これも核心に触れるのですが過去のことや妻に言えないアハンな大人のことや、思い通りにいかない娘のこと
親友紛いのリリーは、主人公のマリアの可愛さや美しさに薄々気づいてはいたし、恋人のショーンがマリアに惹かれつつあることもなんとなく察していた
あとは、いじめも見て見ぬふり
ショーンも、マリアの魅力に気づきつつ、いじめられているマリアに手を差しのべていなかったこと
そして、リリーから気持ちが離れ始めていることも、圧し殺していた
そんな感じで、全員が何かしらの引け目を感じながらも生きているのが象徴的な作品でした
作品のメッセージとして、「現実から目を反らさないで!」「自分の気持ちに素直になって!」と強い教訓じみたことはあまり感じられず、淡々と「こうなりますよ」とはひとつの事実を教えてくれただけのような気がします
それが逆に説教じみてなくていいなぁとも思いましたし、誰もが心に抱えるそうした“ひっかかり”とうまく向き合えればいいなぁという希望的観測を持った作品です
全部が全部、うまくいくことは無いですからね
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インディア・アイズリーが兎に角可愛い
主演のインディア・アイズリーが兎に角可愛い!
どこのシーンを切り取っても、美しい!
ずっと見ていられる美人って、目のいい保養ですよね
他の作品にも出ているみたいなので、アマプラで漁ってみようと思います!
地味な役柄を始めは演じていましたが、それでも可愛さは隠しきれず
箇所箇所に滲み出る美しさは、やはり神のギフトですね
ちょっとワイルドにメイクをしたり、制服の着こなしを崩した彼女も、雰囲気が変わってそれもまた良い目の保養でした
個人的に好きな顔です!
あ、ちなみに、結構ピンクのシーンもありましたので、家族や友人等と一緒に見るときにはご注意くださいね(笑)
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ラストシーンが暗示するものとは?
作品のコアな部分なので、未視聴の方はご注意くださいね
最後のシーンがとても印象的な作品ですが、これは明らかに映画タイトルにリンクしていて、“目を背けなかった母”の図だと思います
ちなみに、母は可哀想な存在として作中でずっと描かれていましたが、実際はいちばんまともな人だったのだと思います
抑圧的で完璧主義の夫に押されていたのでしょうね
そもそもの始まりは、夫でしたからね
整形外科の先生ということもあり、常に美を追い求めていた、完璧を手にいれてきた夫だからこそ、“健常者”ではなかったことが、自分でも許せなかったのだと思います
そして、無かったことにするかのように生きてきた(look awayしてきた)と
育ててきた娘は、思ったように育たず、母も(恐らくずっと産後から傷心で)薬を飲ませないといけない程に弱々しく、彼にとっては理想の母親像出はなかったのでしょうね
しかし、それでも母は懸命に向き合ってきましたよね
娘にプロムを進めたり、夫の不貞もしっかり拒絶して(昔の母なら甘んじて許していたのかも?)、そして最終的には娘を両手で抱いて受け入れることができたのでしょう
さらに言えば、娘が犯してきた罪も受け入れると言った強い意思も感じましたね
もう一人のマリアは、元々のマリアに罪を着せようとしていた?ようにも見えましたが、マリアもそうはさせずに、もう一人のマリアに向き合うように示したのだと思います(それが後半で鏡に現れなかった理由かと)
罪を背負った娘、現実から目を背けてきた娘、どんな娘であっても、我が子は我が子
作中の台詞にもあるように「どんな子でも、我が子なら愛せる」この一言が、母の心理そのものだと思います
真っ直ぐに鏡を見つめる母のこれからの壮絶な人生は用意に想像できますが、それでも「我が子を抱かせて」と出産後すぐに願った願いも叶い、明るい未来があることを祈るばかりです
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最後に
以上、『ガール・イン・ザ・ミラー(邦題)』の感想・レビューでした!
ふと見た映画が結構面白かったら、なんだかスーパーラッキーな気分になりませんか?
私は名作を発見できた嬉しさで20分くらいで感想書きました(笑)
最後までお付き合いいただき、ありがとうございます
お楽しみいただけましたら幸いでございます
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