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映画『フリーキッチン』解説・感想
――「食べること」は、愛することなのか
映画『フリーキッチン』は、福満しげゆきの短編漫画「娘味」を原作に、人肉食という強烈なモチーフを用いながらも、単なるスプラッターやショッキングな作品には収まらない、歪でどこか切実なブラックコメディです。監督は本作が劇場長編デビューとなる中村研太郎。ホラーテイストをまといながらも、描かれるのは極めて個人的で、そしてどこか普遍的な「親子」と「成長」の物語です。
人肉が並ぶ食卓という異常な日常
主人公のミツオは、母親と二人暮らしの高校生です。彼にとって、夕食の食卓に人間の肉を使った料理が並ぶことは、特別な出来事ではありません。なぜなら幼い頃、母が殺した父親とその愛人を「食べた」経験が、彼の原風景として刷り込まれているからです。
この設定だけを見ると、非常に猟奇的で過激なホラー映画を想像してしまいます。しかし『フリーキッチン』の恐ろしさは、血や惨殺シーンそのものではなく、「それが当たり前として処理されている日常」にあります。ミツオは恐怖に震えることもなく、疑問を持つことすらなく、母が用意した料理を黙って口に運びます。その静けさが、かえって背筋を冷やします。
母という存在の不気味さと滑稽さ
ミツオの母は、人を捕まえ、浴槽で手際よく解体し、料理をするという、冷静で異常な行動を取ります。しかし彼女は、いわゆる狂気的な殺人鬼として描かれてはいません。どこにでもいそうな母親の顔をして、淡々と家事をこなし、息子を気遣い、日常を回していきます。
その姿は不気味であると同時に、どこか滑稽でもあります。「食べさせること」が彼女なりの愛情表現であり、生きる術であり、息子との唯一のつながりなのです。この歪んだ母性が、映画全体にブラックなユーモアをもたらしています。
「食べる」ことで他者を理解してしまう力
ミツオは、人肉を食べることで、その人物の性別や年齢、さらには生きてきた背景までも感じ取れるようになっていきます。この設定は非常に奇妙ですが、同時に象徴的です。
人を理解するとはどういうことなのか。表面的な会話や情報ではなく、もっと深い部分まで「取り込む」ことでしか、相手を知れないのではないか。ミツオは、誰よりも他人を理解できてしまう能力を持ちながら、普通の人間関係を築くことができません。その皮肉が、この物語の根幹にあります。
カナという「普通」の象徴
ミツオが惹かれていくペットショップの店員・カナは、本作における「外の世界」を象徴する存在です。動物を扱い、命を世話する仕事に就く彼女は、ミツオの家庭とは正反対の価値観の中に生きています。
カナに恋心を抱くミツオの姿は、非常にぎこちなく、不器用です。彼は人を食べることでしか他者を理解できない自分と、普通の恋愛感情の間で揺れ動きます。この恋は、ミツオにとって初めて「食べずに誰かを知りたい」と願った経験とも言えるでしょう。
ホラーであり、成長譚でもある物語
『フリーキッチン』は、カニバリズムという極端な題材を使いながら、実はとても静かな成長譚です。ミツオは、自分が育ってきた異常な環境と向き合い、それでも外の世界とつながりたいと願います。その過程は決して美しくも、希望に満ちてもいません。
むしろ選択は常に歪で、どこか取り返しがつかない匂いをまとっています。それでも「それでも生きていくしかない」という諦観が、この映画にはあります。そのトーンが、福満しげゆき作品特有の苦笑いと絶望感に、非常によく重なります。
ブラックコメディとしての完成度
本作がただの不快な映画にならないのは、随所に散りばめられたブラックユーモアのおかげです。あまりにも淡々とした殺しと料理、妙に生活感のある会話、ズレた価値観が生む可笑しさ。それらが観客の感情を巧みに揺さぶります。
笑っていいのか戸惑いながら、気づけば笑ってしまっている。その感覚自体が、この映画の狙いなのかもしれません。
観終えたあとに残る違和感
『フリーキッチン』は、観終わったあとにすっきりとした答えを与えてくれる映画ではありません。むしろ、「愛とは何か」「家族とは何か」「理解するとはどういうことか」といった問いを、気持ち悪い形で突きつけてきます。
それでも不思議と、強く否定しきれない感情が残ります。ミツオと母の関係は明らかに異常ですが、そこに確かに存在するつながりも否定できないからです。その居心地の悪さこそが、この映画の最大の魅力と言えるでしょう。
ホラーが苦手な人には刺激が強いかもしれませんが、ブラックコメディや歪んだ人間ドラマが好きな人には、深く刺さる一本です。『フリーキッチン』は、食卓という最も身近な場所から、人間の愛と孤独を描き切った、静かで恐ろしい映画でした。
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