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―映画『望み』が突きつける、家族と社会の残酷な選択

こんにちは、2児育児+ワンコ1匹の基本テレワークで日々あがいているぽんです。いつも訪問ありがとうございます(ブックマーク・スターもありがとうございます)。ブログ更新の励みになっています


望みとはなんだったのか?

――映画『望み』が突きつける、家族と社会の残酷な選択

映画『望み』は、観終わったあとに「何が正解だったのか」を簡単に口にできない作品です。サスペンスとして始まりながら、次第に家族の物語へ、そして私たち自身の価値観を問い直す物語へと変貌していきます。
タイトルに掲げられた「望み」という言葉は、一見すると前向きで救いのある響きを持っています。しかしこの映画における「望み」は、決して明るい希望だけを意味しません。むしろ、人が追い求めてしまうがゆえに苦しみを生む、危うい願いでもあります。

あらすじ――息子は被害者か、加害者か

物語は、建築家として働く父・石川一登と、校正の仕事をする母・貴代美、そして二人の子どもが暮らす、ごく普通の家庭から始まります。ある日、高校生の息子・規士が突然姿を消します。同時期に起きた少年殺害事件。その容疑者として、規士の名前が浮上するのです。

「息子は被害者なのか、それとも加害者なのか」
その事実が分からないまま、石川家は世間の視線にさらされていきます。マスコミは遠慮なく踏み込み、近所の人々は距離を取り、SNSでは憶測と誹謗中傷が飛び交う。何も確定していない段階で、家族はすでに裁かれていくのです。

父と母の「望み」の違い

本作の大きな軸となるのが、父と母の「望み」の違いです。
父・一登は、「息子が生きていてほしい」と強く願います。たとえ罪を犯していたとしても、生きていてほしい。それが父親としての本音でした。彼にとっての望みは、「真実」よりも「命」なのです。

一方、母・貴代美は違います。彼女は、「息子が人を殺していないこと」を望みます。もし命が助かっても、殺人犯として生き続けるなら、それは本当に息子のためになるのか。彼女は息子の未来、そして人としての尊厳を守ろうとします。

どちらも間違っていません。どちらも親として、極めて自然な感情です。しかし、その望みは決して同時には成立しない可能性をはらんでいます。このズレが、夫婦の間に静かな亀裂を生んでいきます。

「真実」よりも残酷なもの

映画を観ていて強く感じるのは、真実そのものよりも、人々の反応のほうが残酷だという点です。
規士の行方が分からない段階で、世間はすでに結論を出しています。「怪しい」「きっとやっている」「親の育て方が悪い」。誰も責任を取らない言葉が、無数に家族を傷つけていきます。

この描写は、現代社会そのものです。SNSやニュースのコメント欄で、私たちはどれほど簡単に他人を断罪しているでしょうか。映画『望み』は、観客にその問いを突きつけてきます。「もし自分が当事者だったら」「もし自分が、言葉を投げる側だったら」。

姉の存在が示すもう一つの視点

妹・雅は、家族の中で唯一、少し距離を取った視点を持っています。彼女は、世間の目の冷たさを痛感しながらも、どこか達観した態度を見せます。
彼女の存在は、「家族だからこそ見えなくなるもの」があることを示しているように感じました。親は子どもを信じたい。しかし、その「信じたい」という感情自体が、真実を歪める可能性もあるのです。

望みとは、祈りであり、エゴでもある

タイトルに立ち返ります。「望みとはなんだったのか?」
この映画が描いた望みは、純粋な祈りであると同時に、自己中心的な願いでもありました。生きていてほしい、罪を犯していないでほしい、普通の生活に戻りたい――それらはすべて、家族の幸せを願う気持ちから生まれています。しかし同時に、「自分が耐えられない現実を避けたい」というエゴも含んでいます。

映画は、そのエゴを否定しません。むしろ、「人はそういうものだ」と静かに肯定します。だからこそ、この作品は重く、そして苦しいのです。

結末が示すもの

物語の終盤、真実が明らかになります。その内容は、観る人によって救いにも絶望にも映るでしょう。ただ一つ言えるのは、どの望みも完全には叶わなかったということです。

しかし、それでも家族は前に進こうとします。望みが砕かれたあとでも、人は生きていかなければならない。その現実こそが、この映画の本当のテーマなのかもしれません。

観終えたあとに残る問い

『望み』は、感動を押し付ける映画ではありません。涙を誘うシーンもありますが、カタルシスはほとんどありません。その代わり、観終えたあとに重たい問いが残ります。

「もし自分だったら、どんな望みを抱くだろうか」
「その望みは、本当に相手のためのものだろうか」

この映画は、答えを与えません。ただ、考える時間を与えてくれます。それこそが、『望み』という作品の最大の価値だと感じました。

望みとは、救いであり、呪いでもある。
その二面性を、これほど静かに、そして誠実に描いた映画は多くありません。
観る人の人生や立場によって、受け取る意味が変わる――そんな余白を持った一本です。

 

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