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鬼との戦い、そしてトイレとの戦い――『鬼滅の刃 無限城編 前編』感想レビュー

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鬼との戦い、そしてトイレとの戦い――『鬼滅の刃 無限城編 前編』感想レビュー

2025年、ついに公開された『鬼滅の刃 無限城編 前編』。
待ちに待ったこの映画、私は初日に映画館で鑑賞してきました。作品を観終えた今、胸に残るものは感動と興奮、そして「長かった……!」という正直な実感。

覚悟はしていました。前情報で上映時間がなんと「2時間40分」だと知っていたからです。
しかし、後半1時間はまさに“鬼との戦い”ならぬ、“トイレとの戦い”でもありました(笑)。
そんなリアルな格闘を経てなお、「観てよかった」「映画という表現はまだまだ進化する」と確信できるクオリティでした。

今回はそんな『無限城編』前編の感想とレビューを、ネタバレを含みつつ、語り尽くします。これから観る方も、すでに観た方も、ぜひ共感していただければと思います。


■ 冒頭から泣かせにくる構成美

映画は炭治郎の回想から始まります。
「やっぱり映画は音が違う」と冒頭から感じさせられ、鼓膜が炭治郎の感情とシンクロして震える。
特に印象的だったのは、炭治郎が家族を想うシーンと禰豆子との静かな会話。TVシリーズで何度も描かれた場面の延長線上であるにも関わらず、劇場ならではの尺と空気感がそれを“別物”へと昇華していました。

音楽もセリフも削ぎ落とされた中で、「失ったもの」と「守るもの」の対比が美しい。
「鬼滅ってこんなに繊細だったっけ?」と感じるほど、静の描写が丁寧で、序盤は思わず涙腺が緩みました。


■ 映画ならではの“縦”の演出――無限城の異様な構造美

タイトルにもある「無限城」。
今回はこの場所がメインの舞台になるわけですが、映像化されたその異様な美しさには思わず息を呑みました。

上下左右が反転し、次元が歪んでいるような空間。
“縦の空間”がこれほどまでに映像で活かされた作品は珍しいと思います。階層がどんどん深くなっていく描写や、天井が床になっていく演出など、視覚的な混乱を丁寧に作り込んでおり、まるで夢の中に迷い込んだよう。

また、敵・鬼たちが次々と登場してくる中で、「自分たちはこの場所から抜け出せるのか」という不安感がずっとつきまといます。
そこに、戦闘の激しさと心理的なプレッシャーが積み重なり、観客側も常に緊張状態。


■ 柱たちの“覚悟”が胸を打つ

無限城編では、いよいよ鬼殺隊の精鋭――「柱」たちの本気の戦いが描かれます。
特に印象的だったのは、不死川実弥と伊黒小芭内の描写。これまであまり目立たなかった二人ですが、彼らの「鬼との戦い」への強い意志、家族や仲間への想いが明かされるにつれ、一人の“人間”としての魅力がぐっと増してきます。

不死川兄弟の過去がフラッシュバック的に挿入されたとき、私はこらえきれず涙が出ました。
“あの兄弟”の物語は、短いながらも濃密で、他のどのシーンよりも人間の弱さと強さが詰まっていたと思います。

伊黒と甘露寺の描写も切なかったですね……。
これは次回作に向けての伏線なのでしょうが、甘露寺が戦闘中に見せた微笑が、まるで“最期”を覚悟した者のもののように感じられ、スクリーンがぼやけました。


■ 進化した戦闘シーン――まさに映画の“鬼”

戦闘描写に関しては、もう言うまでもありません。
「え、これアニメ?CG?実写?」と感じるほど、異次元のクオリティ。
スピード、スローモーション、エフェクト、キャラの動き、すべてが完璧で、しかもそれが数十分続くのですから驚きです。

特に、時透無一郎の戦いでは、煙と霧が舞う中での剣撃がまるで水墨画のようでした。
また、水柱・冨岡義勇の水の呼吸の美しさには見惚れるばかり。技の軌道が美しすぎて、それだけで涙が出そうになるほどでした。

ただ、1時間を越える怒涛の戦闘シーンが続くと、体力的にもしんどくなってきます。
ここで「トイレに行きたいけど行けない」という、リアルな苦しみとの戦いが始まりました(笑)。
誰しもが一度は「あ、限界が近いかも」と覚悟を決めたことでしょう。


■ 実は、“緩急”が最大の武器

ずっと戦っているように感じる『無限城編』ですが、ところどころで挟まれる“静”の時間が本当に上手い。
特に炭治郎と禰豆子、義勇としのぶのやりとりなど、息をつかせる場面で感情を整えられる。

戦闘と戦闘の間に挿入される“人の感情”が本作の大きな支えであり、それがなければ観ている側の心が摩耗していたと思います。
「戦う理由」「守るもの」「託すこと」――こうしたテーマが、緩急のある構成の中でじわじわと浮き彫りになります。


■ 鬼との戦い、そして「映画」という表現との戦い

『無限城編』は、まさに「鬼との戦い」と「自分との戦い」を描いた作品です。
そして私たち観客もまた、「長時間座り続けること」や「トイレを我慢すること」と戦いながら、それを見届けたわけです。

でも、それを乗り越えるだけの価値がありました。
鬼滅の刃は「ただの人気アニメ」ではなく、映画というメディアの可能性を広げる先駆者だと思います。
“映像美”だけでなく、“感情表現”においても、ハリウッド映画に負けない“魂の重さ”がある。


■ 総評:覚悟して観に行け、でも観ない理由はない

点数をつけるなら、【95点】。
残りの5点は、「トイレに行けなかったストレス」です(笑)。

けれど、これほど映画館での“体験”が問われる作品はそう多くありません。
ポップコーン片手にゆるっと見るタイプの映画ではない。全身全霊で観て、感情を揺さぶられ、気づけば息が詰まっている。
そんな、ある種の“修行”のような濃密な時間。

次作『無限城編 後編』がどうなるのか、すでに期待と覚悟が渦巻いています。
後編では、おそらく鬼舞辻無惨との最終決戦が描かれるでしょう。
「どうせ泣かされるんでしょ……」とわかっていても、やっぱり劇場に足を運ぶしかない。


■ 最後に:これから観に行くあなたへ

長丁場になります。水分はほどほどに。
トイレは上映前に必ず行ってください。
そして、心して観てください。

『鬼滅の刃 無限城編 前編』は、単なるアニメ映画ではありません。
これは、感情と覚悟と技術の極致――すべてを捧げる価値のある戦いです。

あなたもきっと、スクリーンの前で静かに拳を握りしめることでしょう。
それは、鬼との戦いであり、自分の感情との戦いであり、
そして、トイレとの熾烈な戦いでもあるのです――!


 

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